国指定文化財・国登録有形文化財

更新日:2021年11月30日

国指定文化財 : 石畳道路(弁天坂・境の松坂)

境の松坂の石畳


境の松坂の石畳
 

弁天坂の石畳

弁天坂の石畳

所在地:産山村大字大利北向(弁天坂)

産山村大字山鹿(境の松坂)
 

豊後街道(熊本城~鶴崎港間124キロメートル)のうち、阿蘇市、産山村に所在する区間が国史跡に指定され、産山村では「弁天坂の石畳」「境の松坂の石畳」の2カ所が指定されています。弁天坂の石畳は延長88m、幅の平均3m、標高差は約20mあります。境の松坂の延長は162mで、幅の平均2.3m、標高差は約40mとなっています。

豊後街道は、肥後熊本城下から瀬戸内海への玄関口となる豊後鶴崎とを結ぶ最短ルートとして整備された街道です。歴代熊本藩主の参勤交代に利用されたのみならず、幕末嘉永6年(1853年)には、ロシア艦隊が長崎に入港したことを聞きつけた吉田松陰が、また文久4年(1864年)には、幕府特命を受けた勝海舟は佐賀関(大分県大分市)に上陸し、この豊後街道を通って長崎に向かったといわれています。その際、勝海舟と師弟関係にあった坂本龍馬も同行したといわれています。

国登録有形文化財 : 足達家住宅主屋

足達家住宅主屋

所在地:産山村大字大利

村内の豊後街道沿いに建ち、唐破風造の式台玄関の随所に彫刻が施され、内部の床付き座敷は蟻壁を廻すなど格調高く、書院風の構えを有する農家の主屋です。明治24年建設。

足達家は加藤清正公に仕え、豊後鶴崎の船番所の船頭を務めています。肥後藩が加藤家から細川家に移行後もそのまま船頭を務めたといわれています。


 

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